掌編ナンバーズ
#02


#11 End of autumn, End of a dream
#12 紅色の茶
#13 こちら冬木市円蔵山中腹柳洞寺地下大空洞内大聖杯中派出所
#14 You and the Night and the Music
#15 流れよ我が涙、と青年は言った
#16 
#17 
#18 
#19 
#20 


#11 End of autumn, End of a dream    

 葉の黄はもう霞のように薄れ、土に似た紅に染まっている。秋の終わり。少女が望まぬ季節の到来だった。落ち逝く枯れ葉は風に吹かれ、秋空へと散った。夕暮れの赤に溶け込まんとするかの如く、少女の頭上に舞い上がっていく。
 学園からの帰り道、それを見ながら彼女――間桐桜は、いつかの光景を思い出した。
 たった一人、誰も居ない校庭の真ん中で、少女の思い人は他の者には見えぬ何かと闘っていた。陸上の経験者でもない彼が、超えられぬとわかっていながら、高飛びの棒に挑んでいた。何度も。挫けることなく、何度も何度もだ。結果、少年がその高さを超えることはなかった。だが、彼は満足した表情で終えると、高飛びの用具を片付け校庭を去った。彼女には、それが理解出来なかった。彼が何の為に跳ぼうとしていたのかも。彼が何故、跳べないとわかっていながら、高跳びに挑戦していたのかも。彼が何故、諦めることなく挑み続けたのかも。何もかもわからなかった。ただ、少年は決してあの高さに勝った訳ではないが、負けた訳でもない。それだけは、悟ることが出来た。
 少年の行為など、本来ならば一笑に付されるものだろう。大抵の人間が、その滑稽さを笑い、薄気味悪さを抱く。事実、彼の校庭での行為は奇行そのものだ。
 だが、それでも。
 彼女は――それを、美しいと感じたのだ。
「あれ、桜?」
 ふと声がした。それは、今先程まで彼女の脳裏にいた少年のもの。桜は、少しばかりの驚愕を胸の内で浮かべながら、声のした方へ振り向いた。そこにある姿は、当然のように記憶にある彼と同じものだ。先程まであのようなことを考えていた所為なのか、ただそれを目にしただけでいつも以上の恥ずかしさが溢れ出てきた。彼女はそれを誤魔化すように、口を開いた。
「先輩――? もしかして、柳洞先輩のところにお邪魔してたんですか?」
「ああ。たまには寺に寄っていけ、って一成に言われてな。……寄り道にしてはちょっと遠過ぎる気もするけど」
「確かにそうですね」
 苦笑した様子でそう呟く彼を見ながら、彼女も同じように小さく笑った。こうして共に肩を並べて帰路に着いていると、先程まで彼のことを考えていたことがどこか照れ臭かった。
「そういえば、今日は何を作るんだ?」
「それは秘密です。今日は新メニューですから、是非楽しみにしててくださいね」
「そっか。それじゃ、期待して待ってる。最近も桜の料理の腕はメキメキ上がってきてるし……俺も頑張らないと師匠の面目が立たないな」
「そんな……わたしなんて、まだまだです」
 かつてはただ見ていただけで、こうして彼の横を歩くことになるなど思いもしなかった。だからこそ、今の生活は彼女の何よりを支えであり、何よりも守るべきものなのだ。遠坂桜から間桐桜となった彼女が、望んではならぬという念に苛まれているかのように生きるようになった彼女が、初めて望んだ小さな願い。
 秋が過ぎ、冬を迎えれば、この地はある一つの舞台へと移ろっていく。小さな、しかし過酷な戦争の幕が開けるのだ。彼女と彼が魔術師である以上、それに巻き込まれない道理は無い。故に、彼女は恐怖する。その時が来ることを、途轍もなく恐れるのだ。
 だが、彼女はそれに対して、ただ何もしないという選択肢しか取ることが出来なかった。どうなるかなどわからない。考えたくもない。そのような思いのまま、彼女は迫り来る刻を迎えるまで、脅えたように暮らすのみ。
 きっと、そう。己の行為を逃避と、心のどこかで理解していながら。
「だから先輩――これからも、色々と教えてくださいね」
 開幕の時を告げる葉が全て枯れ落ちるその日まで。少女はただ、小さな小さな日常(ユメ)に浸るのだろう。





#12 紅色の茶    

 ――最近は、血を浴びない日の方が珍しくなった。
 返り血の着いた服を処分している最中、そんなことを考えた。戦場で剣を持ち、誰かを殺すようになってから数年。俺の手は赤く染まりに染まっている。始まりの赤い血の記憶は、忘れられないにも段々と薄れてきた。
 そう、言峰綺礼という一人の人間を、俺は殺した。初めて、この手で直接、明確な意思を持って人を殺した。そうしなければあの争いを終えられず、小さな彼女も助けられなかったから。かつて切嗣が語った、何かを捨てなければいけない正義のような理由で。
 だが、結局それは、一人の歪んだ人間が、一人の歪んだ男を殺しただけに過ぎないのだ。
「……沸いたか」
 汚れた服を袋に詰め、部屋の隅へと置く。そして、湯が沸騰したことを告げるポットを取りにキッチンへと足を進めた。
 こうして自分が茶の準備をしていると、自虐のような笑いが込み上げてくる。血塗られた手で、誰かを殺して疲れ果てた自分を癒すために、紅茶を入れるのだから。それに、飲む者を温める筈の紅茶を口にしても、俺の体はきっと冷えたままなのだろう。先日この部屋を訪れた彼女にそのようなことを告げたところ、「それは、アンタが冷たいからじゃない?」などと言われた。冷徹な筈の魔術師から告げられる言葉とはとても思えない。だが、それは彼女があの頃から変わっていないことの証拠でもあった。
「本人に言ったら、ガンドで撃ち殺されそうだ」
 自分の呟いた冗談に苦笑しながら、ポットをテーブルへと運ぶ。既に用意してあったカップに湯を注ぎ、適度なところで止めた。インスタントのティーパックから色が染み出てくる。それが切り殺された者から流れ出る血に見えるのは、仕方のないことなのかもしれない。
 そして、そのようなことを考えながら飲んだ紅茶はやはり不味く。
 舌が痺れる程に熱い筈なのに、体の奥底は変わることなくいまだ冷たいままだった。





#11 こちら冬木市円蔵山中腹柳洞寺地下大空洞内大聖杯中派出所    

 チリリン、チリリン。今日も朝からベルが鳴る。電話の前で牛丼を食べながら待ち構えていたオレは、当然のようにそれを取った。
「はいはい。こちら、“この世全ての悪(アンリマユ)”。ご用件は?」
「いい加減にしなさいと言った筈です“この世全ての悪(アンリマユ)”……! また私のどら焼きが大河に食べられたのです。一体、何度言えばわかるのですか!」
「あー、悪い悪い。でもさ……何ていうかほら、相手は虎だろ? オレは人の悪心だから、ちょっとそれは対象外なんだよね」
 そうして「じゃ」と呟き、有無を言わせずに受話器を下げる。
「あ、待ちなさ――」
 再び世界に静寂が戻る。ふう、落ち着いた。いや、アイツの殻を借りてるせいで、騎士王様はちょっと苦手なんだよな。まあ、ある意味の天敵はまだまだいるみたいだが。ホント洒落にならねえ人生だよな、この男。
 溜息と共にそう呟いていると、またチリリン、チリリンと電話が鳴った。
「へいへい。こちら、“この世全ての悪(アンリマユ)”」
「“この世全ての悪(アンリマユ)”か。最近、セイバーがツンデレとやらだということが判明したのだが、一体いつになったらデレ期とやらに入るのだ?」
 おいおい王様、ここは恋愛相談所じゃないぜ。って、アンタのは恋愛になってねえか。そもそも、誰にそんな嘘を吹き込まれたのやら。
「そうだな。今まで押しまくってたから、こんどは引いてみればいいんじゃないか。セイバーが寂しくなって、向こうから来ると思うぜ。そうなったらデレ満開に違いない」
「なるほど……フン、雑種の割に中々の案を思い付いたものだ。喜べ、後で褒美を取らそう」
 へー、そりゃどうも。こんな嘘吐きに褒美を与えるとは、さすが英雄王。懐の広さが雑種達とは大違いだね。受話器を置いた今でも、向こう側で高笑いをしている誰かさんの顔が想像できるわ。
「っと、また来たか」
 休む暇も与えるつもりは無いのか、電話からは再びベルの音が鳴り響いている。
「もしもし、こちら、“この世全ての悪(アンリマユ)”」
「――」
「あの、もしもし?」
 しかし、相手は何も答えない。なんだ? もしかして悪戯電話か? なんて思っていたところ、
「ほんとっ……姉さんもセイバーさんもイリヤさんもしかもライダーま――」
 地獄の怨嗟のような声が聞こえてきたので、つい受話器を置いてしまった。だが、それが正解だったような気がしてならない。黒くなって電話するのは禁止。禁止ったら禁止なのだ。大体、彼女とオレの相性は悪い。こちらの一方的な問題ではあるが。
 だから、とにかく、今鳴り響いている電話には目を向けないことにしよう。……牛丼を食べるのでも、再開するか。


 それからというもの、どこかのサドマゾコンビから両者への愚痴を言われたり、どこかの赤いヤツに皮肉を言われたり、どこかの青いヤツに主への不満を涙ながらに語られたり、どこかの主婦魔術師に夫への惚気を聞かされたりなどなど、数え上げれば限が無いくらいの電話が掛かってきた。それも引っ切り無しに。この世全ての悪がオレの所為だからといって、正直そんなの知ったこっちゃないことなのだが。おまけに、そもそも悪心と関係ないのもあるし。サポート外だっつーの。
「ったく。幾らオレが『貴方は、我慢できる人だから』なんて言われてるヤツだとしても、いい加減疲れてくるぞ……」
 とはいえ、定義からいくと陰口もやはり悪になるだろうから愚痴めいたものが来るのも仕方がない。「二十四時間、貴方の悪心引き受けます!」なんて銘打たれた職に就いてるこっちが悪いのだ。ああ、オレって優しいね。
 そしてまた、チリリン、チリリンとベルが鳴る。
「あーもしもし。“この世全ての悪(アンリマユ)”ですよ」
「……あー、えーっと」
 うわ、コイツまさか。
「なんて言ったらいいかわからないけど、俺も頑張るからおまえも頑張ろう」
 ……マジか。コイツから電話が来るなんて思ってなかった。確かにこの男だって、壊れていようとも悪心くらいは持っているだろう。しかし、それを他人に譲るようなことに我慢できるヤツじゃない。まあ、励ましの電話みたいだから、それは間違ってはいないんだろう。
「はいはい、ありがとさん。それじゃあ、頑張って世界から悪を消してくれ、正義の味方」
 まあ、それはきっと無理だろうけど。それでも、こんなヤツが世界に一人くらいはいたっていいだろう。
「あ、ああ。……まあ、それだけだ。じゃあ、また」
 ガチャン、ツーツーツーと音が聞こえる。それで終わり。ソイツとの世界は断絶された。
 ……それにしても、また、ねえ。まさか、次にオレと会うときは座でってか? あら久し振り、ようこそ地獄へ。見ない内に磨り減りましたね、って。ヒヒヒ、笑い事じゃねえな。
「げ、また鳴った。ホント飽きないねぇ」
 チリリン、チリリン。電話のベルは絶えることをまるで知らない。それも当たり前だ。先程オレが言ったことなど、有り得ない。世界から人の悪が無くなる日など、人が全て滅ぶまで訪れないだろう。だが、それでも世界は美しいのだったマル。
「はいはい。こちら“この世全ての悪(アンリマユ)”――」





#15 流れよ我が涙、と青年は言った    

 嘘だ、と思った。嘘だとしか思えなかった。思いたかった。何故なら、それが余りにも信じたくない結末だったから。枯れていた筈の涙が堪らず零れそうになるくらい、皮肉なことだったからだ。
「――」
 だから、その皮肉な現実を前に、オレはただ棒立ちのまま、何も呟くことすら出来なかった。


 この場所で足を止めた理由は、決して人のいる気配がしなかったから、などというものでない。確かに意識はせども、己が目的は今すべきことではなく、故に私は自然にそこを通り過ぎる筈であり、そうするつもりだった。……この屋敷が、私の知っている姿とは違わなければ。
「ああ、その屋敷? 何でも五年前くらいに家主が死んで、今は誰も住んでいないみたい」
 そう、冬木の聖杯戦争におけるサーヴァントとして召喚された私は、マスターである遠坂凛と共に、拠点である深山町周辺の探索を行っていた。かつてあいつを見上げてた私が、こうして見上げられる立場となっていることに、内心で皮肉の笑みを浮かべながら。そして、微かに記憶に残っていた記憶の場所に辿り着いた時、私は思わず足を止めてしまったのだ。
「遺された家族は、引っ越したのか?」
 縋るような思いと共に、私は呟く。だが、肯定の答えを願いながら問うたそれに返された凛の言葉は、私の願いを打ち砕くものだった。
「いいえ、違うわ。というよりも、家族なんていなかったらしいけど。そもそも一人しか住んでなかった(・・・・・・・・・・・)らしいし」
「――」
 堪らず絶句してしまうのを自覚する。
「まあ、詳しいことはわからないわ。ここの屋敷を管理しているところに訊けば、少しはわかるだろうけど。……というか、アンタなんでそんなこと気にするのよ?」
「……何、ふと気になっただけだ。特に理由は無い」
「ふうん……まあいいけど。それじゃあ、そろそろ向こうへ回りましょう。今日はそれで終わりよ」
「了解した、マスター」
 私の返事を訊くと、凛は踵を返し先程の十字路へと向かう。夜の闇を駆けだした少女の後ろに付きながら、その間にも私はただ自身の内に埋没していった。
 この屋敷には今は誰もおらず、かつても一人しかいなかった。もし五年前に死んだ家主というのが衛宮切嗣ではないのならば、確かにここに衛宮士郎がいる道理は無い。だが、屋敷を解析してみれば、微かに覚えのある結界を見つけられた。中へ入らなかった凛は気付かなかったのだろう。こうして英霊となった身で見れば、それが結界としてかなり優秀であることが理解出来た。そして、その結界の存在こそ切嗣がこの屋敷に住んでいたことの、何よりもの証拠であった。だから、そこから導かれる結論はたった一つしかない。
 そうして、私は悟りたくなかったある一つの事実をようやく認めたのである。

 ――衛宮士郎は、この世界に存在しない。


 時刻は既に二時を回り、己が主も既に眠っている。霊体化した私は屋根の上に立ち、周囲を監視していた。
 凛が冬木の管理者という立場であることから、聖杯戦争に参加している者達には、ここが魔術師の家であり、そしてその魔術師がマスターであるということは露見していると思っていい。わざわざサーヴァント付きの魔術師の工房に乗り込んでくる間抜けもいないだろうが、相手にもサーヴァントがいる以上、可能性が無いとは言い切れない。
「――」
 だが、本来ならば辺りを見回している筈の私の目は、ただ一点だけへと向けられていた。理性では監視をしなければならないとわかっているのに、そこから目を離すことが出来なかった。深山町の武家屋敷。私が――エミヤシロウがまだ衛宮士郎だった頃、暮らしていた家だ。外見や内装など、再び見ることすらなければ思い出すことも無かったものだった。
 だが、それでも。どれ程、磨耗していたとしても。私の内には、あの時、父と交わした最期の会話が残っていた。いつまでも変わらない月が空に浮かび、その明かりの下で私達は並んで縁側に腰を掛けていた。瞬く星々に引き立てられて何よりも輝いている月を見ながら、切嗣は口を開いた。それはまるで懺悔のような告白だった。懐かしさの裏に申し訳無さを秘め、切嗣は呟いた。
 そして、それを聞いた私は、当たり前のようにこう返したのだ。
“まかせろって、爺さんの夢は――”
 子が父の夢を受け継ぐのは当然のことである。だから、養父でありながら確かに父でもあった切嗣が憧れていたものを、私も追いかけようと思ったのだ。
“――俺が、ちゃんと形にしてやっから”
 それだけではない。ただ単純に憧れた。全てを助けるという願いに。自分を助けた時の父の顔に。あまりにキレイなそれ等に、私は憧れた。こうありたい。こうあらねばならない。傍から見ればまるで迫られているかのように、その道に歩み寄ったのだ。
 それが、空っぽの心に借り物の願いを詰め込んだ、愚かな男の誕生だった。
「――だが、それももういない」
 いないのだ。あの炎の地獄で死に絶えてしまったのか、そもそもこの世界に衛宮士郎という存在が無かったのか。どれが正解なのかはわからない。ただ、この世界には衛宮士郎がいない――それが紛れも無い真実に違いない。私が引き当てた籤は見せ掛けだけの当たりだった。故に不可能。果ての無い機会の中で、ようやくこの聖杯戦争へと喚び出されることが出来たというのに、私の願いは決して叶えられることはなくなったのだ。ここはまるで、衛宮士郎を殺すという私の願いを阻む為だけの世界だ。
「……だが、構わないさ。可能性には終わりが無い」
 そう。並行世界は終わりを知らず、無限に広がっていく。だから、落胆はすれども、挫折など有り得ない。この身には、ただの一度も敗走はない。この世界で彼女を勝たせた後、また次の可能性まで待ち続ければいいのだ。全てのモノが幸せになるという馬鹿げた理想ならば、果てなど見えないだろう。だが、己の殺害という願いならば、果てにいつかは巡り合うことが出来る。
 行き先を失った憎悪と、愚かなかつての己に見えずに済んだ僅かな安堵が入り混じった心を隠すように静めながら、気を取り直すように視線を武家屋敷から外す。監視の再開の為だ。
 だが、少し視線をずらしたところで、思いも寄らぬ光景を目にした。
 それはある一つの家だった。かつての自宅よりも大きな――というよりはむしろ、強固な和風建築の屋敷だ。とはいえ、焦点はそこではない。その家の一室にある窓の中だ。その窓から見えたのは誰かが寝ているかと思われる布団と、ちょうどその部屋に入ってきた一人の女性の姿だった。寝間着を身に包んだ彼女はどこか緊張したような表情で、布団から起き上がった少年と相対している。少年の横顔は影になってよく見えないが、口の動きからして困惑しているようだった。
『ね、姉さん? な、なんでこんな時間に……?』
 英霊となって強化された視力から、遠く離れた人間の唇を読むことも可能となっていた。覗きなどしてはならぬとわかっているのだが、何故か頭のどこかで引っ掛かったものが、それを制止させなかった。
『……わ、わかりきったこと訊かないでよう』
『だ、だだ、駄目だって、俺達は姉弟じゃ――』
『■■は、わたしのこと嫌い?』
 だからこそ、浮かんでいた引っ掛かりが現れた時、不覚にも大きく眩暈がしてしまったのだろう。
『ば、馬鹿っ、そんな訳あるか!』
『ならいいでしょ。もう嫌なの。隠すのに疲れたの、■■。初めて会った時から、■■がこの家に来たときからきっと、わたしは――』
『…………姉さん』
 その景色を見ているだけで、身体は震えてしまう。激しくなっていた動悸など、一向に治まらない。それどころか、骨と肉を突き破らんばかりに激しさを増していく。今明かされた衝撃の真実に、私の存在は耐えることが出来なかった。例えここで他のサーヴァントに襲われたとしても、今の私は何の反応もしないに違いない。それ程まで、私の目に映る光景は信じられない――信じたくないものだったのだ。
 衛宮士郎は、この世界に存在しない。数時間程前にそう認識したことはやはり間違いでは無かった。当然だろう――
『好きだよ、士郎』
『俺もだ、姉さん』
 ――なぜならば、あいつは衛宮ではなく、藤村だったからだ。


「おはようアーチャー、昨日の夜は何か変わったこと――って、嘘……記憶戻ったの! それじゃあ真名は? ……ふうん、エミヤねえ。正直、訊いたこと無いな。というか、これってまさか現代日本人じゃないの? え、ほんのちょっと未来? …………そうか、確かに有り得るかも。でも、よく英雄なんかになれたわね、この時代で。あ、やっぱ契約なんだ。ま、アンタの身の上話は後回しよ。それより宝具よ。そっちも思い出せたんでしょうね? ……うわ、アーチャーが英雄じゃなかったら、ホルマリン漬けにしたくなるわ、ソレ。無限の剣を内包する固有結界ですって? そもそも固有結界なんて言ったら、魔術の中でも禁忌と呼ばれるくらい凄いものなんだから。ある意味、魔法に近いわよアレ。なんで弓兵のアンタが――へ、魔術師なの? しかも固有結界とその派生魔術しか使えない? 何それ、凄いのかへっぽこなのかわからないわ。……それにしても、無限の剣製か。使いどころによっては便利すぎるじゃない。これならかなりスムーズに勝てそうね。……なっ、煽てたって別に何も出ないわよ! ……というか、ねえアンタ、なんか変じゃない。やけにペラペラ喋るし、空元気というか……今なんてすぐ戦いに行こうとか、やけにやる気を出しているけど、なんかそれに集中して気を紛らわしたいようにしか見えな――って、なんで泣くのよ! 『何で、何で、何で何で、何でオレと藤ねえが!』なんて言われても、そもそもアーチャーが何を言っているのか――あーもう、いい加減にしなさいっ……! Vertrag(令呪に告げる)――」


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