十を救う為に一を切り捨て、それを選んでしまった自分の弱さに涙した。
百を救う為に十を切り捨て、それに慣れてしまった自分の弱さに涙した。
千を救う為に百を切り捨て、それを率先して行った自分の弱さに涙した。
そして、死後。
万を救う為に千を切り捨て――とうとう彼は、自分の抱いていたものがただの理想に過ぎなかったことを悟ったのだ。
「契約しよう。我が死後を預ける。その報酬を、ここに貰い受けたい」
かつてそう叫んだ一つの剣は、何よりも硬い鉄になり、何よりも脆い硝子となった。膨大な力で救える筈のなかった命を救えたことに歓喜し、それでも救えなかった命があったことに泣き叫んだ。
だが、それは当然のことだ。世界は哀しみに満ちている。人に与えられる幸福の席は、余りに少ない。しかし、それでも。だからこそ、彼は信じたかったのだ。世界はきっと幸せに満ちることが出来る、と。そして、それもまた事実だったからこそ、彼は世界を愛し、そして憎んだ。誰もが幸せになれるかもしれないこの世界を愛しながら、誰もが幸せになれなかったこの世界を憎んだのだ。
こんなにも傷つきながら、こんなにも磨り減りながら、こんなにも戦い抜いた彼に残されたのは――救いに至る為の希望ではなく、諦めを知る為の絶望ではなく、ただ決して叶うことの無い理想への切望だけだったのだから。
そして、男はその願いだけを抱いたまま走り続け、死後とうとう辿り着いてしまう。荒野の先――誰もいない、墓標のような剣が刺さる名も無き丘に。それがこの英雄の結末。誰よりも愛を叫んだ男の結末だった。そして、男は正義の味方になり、星の後始末をするだけの機械となったのだ。
目に見えるものが涙する姿など見たくない。少年だった頃、そう一つの願いを抱いた。それは、自身の内から生まれた理想ではなかった。だが、借り物の理想といえど、そこに本物に劣る理由はあらず。贋者でありながら、彼は自らの在り方を誰よりも理解していた。
だが、それを貫き通しても、かつての自分はその願いを叶えられなかった。だから、今度こそ誰をも救えるなら――その先に、求めた理想があるならば、たとえ世界の奴隷となれど構わない。そう言って、迷うこと無く世界と契約をしたのである。
だというのに、彼はその後もただ人を殺すことしか出来なかったのだ。そうして決して折れることの無かった男は、延々と吐き気のする映画を見せられ、その螺旋のように終わらぬ輪廻にとうとう罅割れた。
そして、彼は磨耗する。
記憶は磨り減り、思い出すらも失い、ただ衝動のようになっていった。だが、その中で。彼はある一つの願いを抱くことになる。摩耗する中、彼はその願いだけを糧に、延々に続く地獄をも生き延びてきたのだ。
幾度も幾度も、赤き弓兵となって舞台へと呼ばれる度に。今回も無理だった、だが次は――。その言葉を呟き、次の可能性に願いを掛ける。まるで摩耗する前と同じように、始まりの場所に願いがあるということだけを信じて、その自分殺しの機会を求めていくようになったのだ。
そうして、かつて誰よりも貴い理想を掲げた剣は、誰よりも過去を悔やみ、己を憎み続けてゆく。
果ての無い可能性の中でいつか、かつての自分自身と出会い――
“それでも――俺は、間違えてなどいなかった――”
答えを得る、その日まで。
世界の中心で愛を叫んだ男
――Fin――